沿革

1920年代  鳶高の創業・初代 高橋三蔵の業績

201305033当社の歴史は、その礎を築いた初代 高橋三蔵の功績。そして仕事師<鳶頭>としての姿ぬきには語ることはできません。
高橋三蔵は、明治43年。東京の茅葺屋根工事で生計を立てながら大規模な農地を営む家の次男として生まれました。
昭和2年、16歳の時。東京・新宿三丁目の鳶工事店 <新三>という名門で鳶工事の修行を積み、25歳ごろから、鳶工事店としての請負業を開始しました。

当時、世の中は戦時色が次第に色濃くなります。逆境の時代。

高橋三蔵は、いろいろな、苦難、難題を通じ磨いていった人格と、ものつくりへの実直な姿勢、さらに創意工夫をこらす情熱と知力。
そこから得た絶対の信頼の元に、鳶頭の名門の新三 渡辺賢三氏をはじめ、建設関連の先駆者の方々より、さらには,お得意先より工事案件のご用命をいただいておりました
当時の諸先輩方のご支援でもって当社の歴史の骨格ができあがりました。

 

創業期の主要工事

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201305034当時の東京では、木造が主な建築案件でありましたが、さきがけて普及し始めた鉄骨、鉄筋コンクリート造にも、早くから対応しておりました。
新宿・伊勢丹の工事では、地上高において、当時、近隣で最高の高さとされておりました。

御皇居の方角への懸念といたしましては<天皇陛下のおられる宮城方面へ、高所から、見下ろしてしまうということは、不謹慎である!>という諸問題も、あったようです。

丸太でかける足場の工事では、縄を使い結束し、仮設足場とはいえ、壮大な大きさの足場が出現し、まるで、芸術作品のいでたちに昇華した!といいます。
コンクリートの流し込み。コンクリート打設工事においては、生コン、圧送機械などは、まだ、浸透されておらず、手練、人力の工事だったようです。

<都電の石引き>これも、大半が手仕事で大変な工事でした。
当時のお得意先の竹中工務店・鴻池組・清水組などからの請負工事といたしましては、ダム工事・ホテル新設工事などをいただいていたようです。

戦後。市ヶ谷GHQ極東軍事裁判所 新設工事では新宿三丁目の置き場から大八車に丸太を積んで、毎日、富久の急な坂を行ったり来たり資材を運搬調達していたそうです。
闇市として知られる新宿マーケットのバラック増設など、物資のない中、張り合わせのような建屋もこしらえたようです。

戦争のために混乱してしまう地域社会。

インフラ作りも含め特別な使命感をもって、鳶工事店としての対応に邁進しざるおえない時期でした。

どれもこれも、人力の時代でした。

町の中には屋号の半纏を着た職人さんが、本当にたくさんおられました。銭湯<湯屋>や映画館、お蕎麦屋さん。など町の人々から大変、親切にしていただいた事を聞いております。

東京・新宿の<旦那衆>には、とても、親切にしていただいたと聞いております。

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2代目 高橋修治へ

201305035三蔵氏の長男、修治は、母親、正子の提案により、16歳で酒屋の丁稚奉公に4年間預けられます。
商売の基礎と厳しさを、修行、習得することとなります。
人と人。心と心のつながりを建設業界ではない環境で学んでいきました。
<駕籠に乗る人。担ぐ人。そのまたワラジを作る人。>と、経済の仕組みを、的確にとらえる冷静な人でした。

昭和37年頃20歳で三蔵を師と仰ぎ鳶工事者としての第一歩を歩み始めます。

昭和50年7月初代、三蔵の他界により名実ともに当社を引き継いだ修治氏は、建設産業の変化。

そして変わりゆく建築技術の工法を深く掘り下げる事をしました。

材工一式。複合請負一式。施工計画の立案。責任施工。というオールインワン。

パッケージモデルを提案することにより、より幅広いお得意先を獲得していきました。
人柄と信用により協力会社様や同業者様の方々と幅広く親交を深めていったのもこの時代でした。

当時の代表工事としましては 東京・多摩ニュータウンの造成/新設プロジェクトへの長年における参加。各工事の施工。など。

そして、バブル経済・平成へと激動の時代へと移り変わります。

創業80年と鳶高  21世紀サブコンの役割

平成22年。それまで当社の社長であった高橋修治が他界し高橋慎治が社長に就任しました。

時代は、地球規模の世界グローバル経済圏のど真ん中という時代です。
当社といたしましては<成熟社会においての建設需要>
モノつくりを視点とした多様なニーズへの対応等。取り組みを開始しております。

近年。当社においても、建設産業においても情報化。あるいはIT化としてのビジネスを

構築するという流れの中でも、伝統のモノつくりや人と人の調和・伝統を大切にしていく心

にも焦点をあてた企業つくりを目指しております。

 

しかしながら、きびしい国内景気から、内需における建設産業を取り巻く環境は、大変厳しいものでございます。

時代の変化にも順応しつつも80年の月日の流れに裏打ちされる実績を礎に、また、先人たちの英知という財産を大切にしながら、各お取引先の方々に、日々愛される企業であり続けるよう、また地域社会の発展に、ものつくりの視点を通して貢献できるような、建設コミュニテイーを構築して参ります。

人が集まり創造する。建造物という壮大な事象へ
鳶頭として、また、つくり手として21世紀を担うサブコンとして
さらなるチャレンジを展開していく所存でございます。

株式会社 鳶高橋

代表取締役 高橋 慎治

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